東京地方裁判所 昭和53年(ワ)899号 判決 1983年5月30日
原告
寺本喜八郎
右訴訟代理人
小川英長
被告
国
右代表者法務大臣
秦野章
右指定代理人
遠藤きみ
外七名
主文
一 被告は、原告に対し、金二一四四万八八五二円及び内金一七三九万三六六〇円に対する昭和五一年一〇月三〇日から、内金三〇五万五一九二円に対する昭和五三年二月一四日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、二八五二万八九〇〇円及び内金一八〇三万七四〇〇円に対する昭和五一年一〇月三〇日から、内金九四九万一五〇〇円に対する昭和五三年二月一四日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項に限り仮執行宣言
二請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告について
原告は、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を昭和五一年七月一〇日建築し、本件建物竣工と同時に同建物において民宿営業を営んでいたものである。
2 水害の発生
被告は、石川県金沢市から福井県南条郡河野村赤萩に至る一般国道三〇五号線につき、その交通量の増加に伴う混雑解消のため、昭和四八年度から拡幅改良工事を開始したが、本件建物付近においては、昭和四九年七月一六日、右国道バイパス工事に着工した。右国道のバイパスである新設道路の本件建物付近の様子は別紙図面(1)のとおりであり、本件建物の東側に隣接し、その西側が日本海越前海岸に接しており、日本海に接する西側部分には護岸が施されている。(以下、国道三〇五号線のうち、別紙図面(1)の部分を「本件国道」という。)
昭和五一年一〇月二九日、最大瞬間風速約24.5メートルの暴風による高波のため、同日午後三時ころ、前記護岸は崩壊し、さらに、本件国道をも決壊するに至り、同所道路側溝L字型コンクリート、道路のアスファルト、護岸表のりを構成するトライアンブロック及び道路敷の多量の土砂を捲き込んだ波浪は海岸から約二五メートル離れた本件建物内に浸入し、本件建物を倒壊し、一切の家財とともにこれを流失させた(以下「本件水害」という。)。
3 本件護岸及び本件水害の概況
(一) 本件国道工事
(1) 本件国道付近は、元来、海岸地帯で岩磯や入江も存在したが、本件国道の建設にあたり、約一一〇メートルの長さにわたり岩磯・土石を剥離・採掘し、約四五一〇立方メートルの土石を採取した他、従来、原告方西北に存在した入江(面積約四五〇平方メートル)(以下「本件入江」という。)も埋立てた。
(2) ところで、本件入江は、幅員約一〇メートル、長さ約五〇ないし六〇メートル、深さ約六メートル程のものであつて、三箇所の沢から水が流入し、特に背後の山に降雨がある際には、多量の雨水が流入していた。そして、本件入江は、周囲に点在する岩磯とともに打寄せる波浪の波力を緩和減殺し、原告方建物の安全維持に寄与していたものである。
(二) 本件護岸の状況
本件国道の護岸(以下「本件護岸」という)は、在来岸壁から、埋土部分が約六メートル、盛土部分が6.51メートルの計約12.5メートルの厚さで、約一〇メートルの長さにわたり埋立を行い、他方、海側に高さ六メートル、厚さ三〇センチメートル、長さ一〇メートルの控え壁式コンクリート擁壁(以下「パットレス」ということもある。)があり、さらにその海側にコンクリート製の高さ各1.2メートルのトライアンブロックが五段積まれている。そして、右各擁壁の上部に約1.5メートルのコンクリート製岸壁を設置している。控え壁式コンクリート擁壁の下に海底地盤から約6.5メートルの高さのコンクリート基礎があり、また、五段に積まれたトライアンブロックの下には海底地盤から高さ約6.5メートル以上に及ぶと推定されるコンクリート基礎があり、その海底の最先端、最深部の基礎は七メートルないし八メートルの厚さに及ぶと推定される。なお、右基礎部分は、いずれも、水中コンクリート工法により打設されている。
以上の本件護岸の状況を図示すると別紙図面(2)のとおりになる。
(三) 原告家屋の流失
(1) 昭和五一年一〇月二八日午後九時一〇分過ぎには、福井気象台から強風波浪注意報が出され、本件当日である翌二九日になつても風が強く、曇時々雨という天候で午後三時には、降雨を伴つた最大瞬間風速約24.5メートルの強風となり、午後五時五〇分強風波浪高潮注意報が出され、日本海から越前海岸に向つて打ち寄せる波浪は猛烈を極めた。
(2) 原告方では、本件護岸を越えて来る高波に対し、種々の波止めの策を講じたものの、午後になり、高波により運ばれて来る埋立用の小石諸共に本件建物を直撃し、まず風呂場のガラス窓が、次いで玄関横の部屋のガラス窓がそれぞれ破られて浸水するに至り、さらには、波が運んで来るL字型コンクリート製側溝、排水用コンクリート溝が家屋内に侵入し、壁や柱に衝突してこれらを破壊し危険な状況になつたため、家族全員が近隣の小川菊治方に避難した。
(3) 午後三時過ぎころ、本件護岸が板を倒すように海の方に落ち、赤い埋土の水煙が高く上り、それからは、波によつてアスファルト舗装部分が完全に剥離され、道路下部の埋土中に存する大小の石、道路用のコンクリート材料、L字型排水溝、アスファルト、トライアンブロック等が本件建物内に侵入し、建物内部の壁を割る音、柱を折る凄まじい音がし、これが一時間以上も続いた。原告は波の合間をみて本件建物を見に行つたが、内部は波や石で破壊されており、さらに午後五時すぎに押し寄せた大波が去つたときには、本件建物は倒壊していた。
4 被告の責任
(一) 本件国道の設置・管理
本件国道の新設工事は、道路法第一二条但書により福井県知事が工事を行い、同法第一三条第一項のいわゆる指定区間外の部分として同知事が管理しているが、これら県知事の行為はいずれも被告の機関委任事務として行われているものであつてその新設に要する費用は被告国が分担し、その管理事務は国の事務とされている。
(二) 本件国道の設置・管理の瑕疵
(1) 本件国道を設置した地点は、海側に突き出し湾曲した部分で、海側は水深が深く、陸側には深くえぐれた入江が存在しており、従前から波の集中する箇所であつた。本件建物の西北に位置した本件入江が、波力の減殺効果を営んでいたのは、前述のとおりであるから、本件建物付近に道路を築造するに際しては、従来の地形・地質・潮流等の自然条件を考慮し、波止めの効果を有していた岩磯を根こそぎ剥離するようなことは避け、入江部分はそのままにし、その上に橋を設置する等自然の条件を生かし、これを利用した方法で道路工事計画を樹立すべきであつたにも拘らず、本件バイパス工事を施工した福井県知事は、岩磯を剥離し、本件入江を埋め立て、一部を宅地とし、一部を道路用地とした。
(2) 本件国道を設置した地点は、周囲よりも、一段と海側に突出している地形で、山側旧国道からの雨水・地下水も集中してくる地点であるから、これに対応しうる強度をもつた護岸設備や排水管地下排水溝等の排水設備の設置が不可欠であるが、本件国道はそのような設備を欠いていた。すなわち、まず、壁体コンクリート部分とパットレス部分とには鉄筋がなく、波力や陸側からの土圧に対する抵抗力を欠いており、また、トライアンブロックはブロック相互のかみあわせが外れ易く、波浪からの揚力に弱く、動きやすい欠点がある。さらに、海水を排除しない水中コンクリート工法は、海水を排除してコンクリートを打設した場合に比して養生条件が劣悪であり、そのため、コンクリートの強度不足の原因を招来するものであるところ、本件水害地点は岩磯地帯であり、海水を排除して施工する工法も可能であるにも拘らず、水中コンクリート工法を採用したため、強度不足を招来したものと推定される。
(3) 仮に以上の諸点が本件水害の原因でないとしても、本件護岸の沖合に本件水害後設置されたようなテトラポットが存在していたならば、その消波効果により本件水害は発生しなかったものと考えられる。
(三) 本件国道の設置・管理の瑕疵と本件水害の因果関係
道路は本来有すべき安全性の基礎として、道路の構造は、当該道路の存する地形・地質・気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全性を保持しうるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならないところ、前記のとおり、福井県知事の道路及び護岸の構造計画及びその施工工事は、当該道路の存する地域の地形等自然条件に対する配慮を欠き、脆弱、杜撰な工事を施工したため、通常の衝撃に対する安全性を欠如していたものである。
ところで、本件建物の倒壊の原因は、道路側溝L字コンクリート、道路のアスファルト、トライアンブロック及び道路敷の多量の土砂を捲き込んだ波浪が押し寄せたことにあるから、これは、道路が有すべき安全性を具備していなかつたこと、具体的には道路計画及びこれに基づく工事自体に内在する瑕疵があつたことによるものであるというべきである。
5 損害
(一) 建物関係 一一〇〇万円
原告は、本件建物を昭和五一年七月に新築したが、本件水害により喪失した。ところで、本件建物は、昭和五〇年一二月三一日、原告が、四ケ浦木材株式会社に代金一六〇〇万円で新築を請負わせたものであるが、右金員から建物更生共済契約による農業協同組合から支給を受けた保険金五〇〇万円を控除した額である一一〇〇万円が損害金となる。
(二) 電気工事代金 六〇万円
(三) 家財道具類
二八〇万四五〇〇円
(四) 民宿営業用什器備品
三六三万二九〇〇円
(五) 営業上の逸失利益
八四九万一五〇〇円
昭和五一年一〇月三〇日より同五三年一月三一日にいたる一年三ケ月間(四五九日)の逸失利益であつて、一日当り純益金一万八五〇〇円として算出した。
(六) 慰藉料 一〇〇万円
原告方は、原告夫婦子供二名、原告の両親の計六名で、本件建物を民宿として利用し生活を営んでいたが、本件水害により原告は職業と住居を喪失した。原告が本件水害により受けた精神的損害は一〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。
(七) 弁護士費用 一〇〇万円
日本弁護士連合会の報酬規定の範囲内で金一〇〇万円
6 結論
よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、第5項記載の損害合計金二八五二万八九〇〇円及び右金員のうち第5項記載の(一)ないし(四)記載の合計金一八〇三万七四〇〇円については不法行為の翌日である昭和五一年一〇月三〇日から、また、(五)、(六)記載の合計金九四九万一五〇〇円については訴状送達の翌日である昭和五三年二月一四日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否<以下、省略>
理由
一 本件水害の発生について
1<証拠>を総合すると、原告が、昭和五一年一月一五日、四ケ浦木材株式会社に本件建物の建築を請負わせ、昭和五一年七月一〇日に本件建物が竣工するのと同時に同建物において民宿を営んでいたことが認められる。もつとも、甲第二ないし第六号証として提出されている四ケ浦木材株式会社作成の領収書の名宛人は、訴外寺本喜之助となつていることが認められるけれども、<証拠>に照らせば、これは、地域の慣習に従い漫然と名義を父親喜之助としたにすぎず、右事実は、先の認定を覆すには十分でないし、他に先の認定を左右するに足りる証拠はない。
2本件国道が、石川県金沢市から福井県南条郡河野村赤萩に至る一般国道三〇五号線の混雑解消のために建設された右国道のバイパス道路であること、本件国道は、本件建物の東側に隣接し、その西側が日本海越前海岸に接しており、日本海に接する西側部分には本件護岸が施されていること、昭和五一年一〇月二八日の午後九時一〇分過ぎには、福井地方気象台から強風波浪注意報が、事件当日である翌二九日午後五時五〇分には、強風波浪高潮注意報が出ていたこと、同日は曇時々雨の天候で、強風が吹き、最大瞬間風速約24.5メートルに及んだこと、本件建物付近の海岸に高波が押し寄せたこと、本件建物付近で本件国道が一部決壊したこと、道路側溝L字型コンクリート及び海水が本件建物敷地付近まで浸入したこと及び本件建物が倒壊したことは、いずれも当事者間に争いがない。
3<証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。
(一) 本件建物は、越前岬方面(金沢市方面)からかれい崎方面に通じる本件国道と旧道との交差点より約六〇メートルのところに位置し、その北東側は幅員約5.5メートルの旧道(本件国道建設以前の一般国道三〇五号線)に接し、南西側は僅かな距離をへだてて本件国道(車道の幅員約七メートル、海測の歩道の幅員約2.5メートル、山側の歩道の幅員約1.5メートル)と接しており、本件国道と旧道にはさまれた地域に存し、本件国道は、本件建物付近を頂点として海測に突き出して湾曲していること、
(二) 本件水害現場に近接した四ケ浦漁港修築事務所(四ケ浦漁港は本件水害現場から約八キロメートル離れている。)では、通常、波高、風速及び風向を観測しているところ、昭和五一年一〇月二九日当時は波高計が修理中で欠測であつたが、風速及び風向は観測されており、それによれば、同月二八日午後三時ころから吹き始めた西ないし北の風は、翌二九日の午後二時過ぎに最も強くなり、最大瞬間風速(北北西の風)を記録したこと(その風速が24.5メートルであつたことは当事者間に争いがない。)、加えて、同事務所では計器を用いて観測されていないものの、同事務所の職員の現認したところによれば、海水が四ケ浦港の高さ(L・W・L=ローウォターレベル・干潮時)1.5メートルある集荷所の岸壁を遙かに越え、事務所まで冠水したから、潮位・波高も相当高いものであつたこと
(三) 原告は、同二九日、押し寄せる高波に対処すべく、午前九時ころより本件建物に波止めの板や丸太棒を打ちつけたりして波止めの措置を講じていたが、次第に危険を感じるようになり、午後一時ころからは、家族と共に山側の小川菊治方に避難し始めたこと
(四) その後、風・波はますます強くなり、越前海岸の沿岸部各地に被害が続出するようになり、本件国道も越波・冠水し、午後三時ころに至り、本件建物付近における右道路の状況は、護岸を越えた海水により未舗装部分から次第に削り取られ、路面アスファルトの割れ目から海水が噴き上げているのが目撃され、まず、本件護岸が、波返し、トライアンブロック、壁体、バットレスの順で、次いで本件国道が相次いで決壊したこと、しかし、右護岸と国道の決壊箇所は本件建物付近のみであること、したがつて、本件護岸と国道の決壊原因は、前面より本件護岸に打ちつける波力と本件護岸を越す波により、未舗装道路部分に海水が流入し、その結果本件護岸の背面土砂が洗い出されたことによるものと推認する以外に他の原因を発見することが困難である(本件護岸の設計者である証人間崎も同旨の証言をしている。)こと
(五) 午後四時には、福井県朝日土木事務所に本件国道が決壊した旨の情報が入り、工務課越前班の福岡誠他二名が現場に向つたが、冠水のため、車はおろか歩くのも困難な箇所もあり、徒歩でようやく現場に着いたのが午後五時少し前であつたこと、そして、そのころの波の状況は、波高が本件護岸よりも高く、打ち寄せる波がすべて越波している状態であつたこと
(六) 本件護岸が決壊してからは、護岸を越す波により剥離された本件国道のアスファルト、土石等が、波と共に本件建物に押し寄せるようになり、次いで、午後五時ころには、小川方に避難していた原告及び小川稔は、波の音に混ざり、本件国道の建設材料であるアスファルト、土石等が、本件建物の柱・壁等に打ちあたる様なバリバリという大きな音を聞くようになり、まもなく、本件建物は東の方に向つて倒壊し、家財が流失したこと
(七) 翌三〇日、原告、小川稔、上市隆夫らが、倒壊した本件建物の残骸を整理していると、屋根の下から、アスファルト、L字型コンクリート製側溝が発見され、また、本件建物敷地付近にも、アスファルト、U字溝土石など本件国道の建設材料が散在していたこと
(八) 地理的にみて、本件建物より海側にある壁下所有の建物は、ガラスが壊われ、床上に浸水したものの、倒壊するには至つていないこと
以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
4以上の事実によれば、昭和五一年一〇月二九日、前日より強まつていた北ないしは西の風に伴い、高波が福井県沿岸部を襲い、午後三時ころには、原告が所有する本件建物の敷地の西側付近において、高波により本件国道の護岸の一部が決壊し、次いで本件国道も同所で一部決壊して護岸の波返し等の抵抗を受けなくなつた高波が、本件国道を直撃し、その建設材料であるアスファルト・L字型コンクリート製側溝、土石等をまき込み、一層強く本件建物に打ち寄せ、そのため、午後五時ころ、アスファルト・L字型コンクリート製側溝、土石等本件国道の建設材料をまき込んで打ち寄せる波浪の打撃力により本件建物は山側に押し倒され、本件建物内に存した原告所有の家財を流失せしめたことが認められる。
二 本件国道・護岸の瑕疵について
1原告は、道路・護岸の建設にあたつては、従来の地形、地質、潮流等自然的条件を考慮し、道路・護岸を設計し、建設すべきであるにもかかわらず、本件国道・護岸の建設にあたつては、従来、波力の緩衝作用を営んでいた岩磯を剥離し、入江を埋め立てるなど地形等への配慮を欠き、また、十分な排水機構を設置せず、基礎部分の建設に水中コンクリート工法を採用するなど強度の点で問題のある護岸を建設し、さらには、テトラポット等消波工の設置が可能であつたにもかかわらず、その設置が遅れたことを本件国道・護岸の瑕疵である旨主張する。
2 営造物の設置・管理の瑕疵の意義
一般に、国家賠償法二条一項における「公の営造物の設置又は管理の瑕疵」とは、当該営造物の設置または管理につき、それが通常有すべきとされる安全性を欠いていることをいうものと解される。ところで、本件国道のように護岸機能を併有する道路においては「当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならない」(道路法二九条)とともに「地形、地質、地盤の変動、侵食の状態その他海岸の状況を考慮し、自重、水圧、波力、土圧及び風圧並びに地震、漂流物等による振動及び衝撃に対して安全な構造のものでなければならない」(海岸法一四条)というべきであるから、設置者及び管理者において、このような点について十分な考慮を払わずに護岸機能を併有する道路を設置し、その安全性を維持することについて管理を尽くさない場合に、道路・護岸の設置または管理に瑕疵があるというべきである。
以下、この見地にたつて、本件国道・護岸の設置計画・構造等が妥当であつたか否かについて判断する。
3 瑕疵について
(一) 本件国道の工事は、道路法一二条但書により福井県を統括する福井県知事が工事を行い、同法一三条一項のいわゆる指定区間外の部分として、同県知事が管理していること及び右県知事の行為がいずれも被告の機関委任事務であることは、当事者間に争いのない事実であり、弁論の全趣旨によれば、同法五〇条一項但書により、本件国道の工事費用についての被告の負担率は四分の三であることが認められる。
(二) <証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 国道三〇五号線は、昭和四五年に従前の県道が国道に昇格した道路であるが、水産物の運搬及び観光のため、交通量が増大して、交通渋滞を来すようになつた。そのため、昭和四六年より改良工事に着手し、本件建物の所在地である米ノ地区においては、特に、国道三〇五号線の改良について検討が行なわれたが、同地区においては、旧道沿線に家屋が密集しており、その移転用地の確保が困難なうえ、背後に急峻な山岳が迫つているため、旧道の拡幅は極めて困難であつた。そこで、海側にバイパスを建設することが企画され、橋梁方式と盛土方式の二方法のいずれを採用すべきかにつき検討された結果、橋梁方式を採用した場合には、護岸機能を併有できず、沿道の利用ができないため、沿線住民の利益にならず、また、同地区は越前加賀国定公園の一部であるため、景観を損う高い構造物となる橋梁は好ましくないうえ、盛土方式に比較して、建設工費が嵩む(約三倍)こともあつて、盛土方式によるバイパスを建設することが決定された。
(2) ところで、米ノ地区は上記のとおり、越前加賀国定公園の一部であることから、眺望を阻害せず加えて、建設工費が安価になるように、護岸の天端高をできるだけ下げることが求められ、技研興業株式会社の開発したトライアンブロックを利用したトライアン護岸の採用が検討された。右トライアンブロックとは、波が入りやすく、消波効果の発揮できる突起状の前面と水を通さぬ壁状の後背面とで形成された消波と法覆をかねそなえた海岸、河川に使用する護岸用コンクリートブロックであり、波の入りやすい前面の間隙は、エネルギーを散逸し、波の打ち上げ高を減じ、消波性能にすぐれているため、護岸の天端高を低くできるとされているものである。そこで、福井県は、技研興業株式会社に対し、参考設計書の提出を求め、技研興業株式会社では同社の技士である間崎将允にその作成を担当させ、間崎は、福井県より提供を受けたデータ(乙第四号証の三)等を基礎に「福井県国道三〇五号線(米ノ地区)トライアン護岸検討書」(乙第四号証の一)と題する参考設計書を福井県に提出した。そして、右参考設計が検討され、被告において右参考設計を基にトライアン護岸を築造することが決定された。
(3) 間崎は、右参考設計書を作成するにあたり、同書の冒頭に掲記されている設計条件を前提にしたが、その主たるものは、(ア)沖波波高が七メートル (イ)沖波周期が一二秒 (ウ)海底勾配が一五分の一 (エ)計画護岸法先地盤高がGLマイナス五メートル (オ)最高潮位が既往最高潮位(H・H・W・L)プラス1.13メートルであり、以上により、相当沖波波高沖波波長、水深等を算出し、消波工の設置を前提に天端高を6.03メートルと算定し、トライアンブロックの五段積(高さ合計6.50メートル)によりトライアン護岸を築造することを決定した。ところで、右沖波波高、最高潮位(沖波周期は沖波波高に対応させたものである。)については米ノ地区付近で観測データがないために福井港の港湾計画資料を利用しているが、この点について、間崎は、沖での波浪条件を右各数値をもとに算定して計画するので、データの観測地点と現場との距離が多少離れても問題はないとする。
ところで、水深を含めた海底の地形は、護岸の天端高を決定する重要な要素の一つであつて、福井港は九頭竜川の河口ゆえ海底が砂地であるのに対し、米ノ地区のそれは岩磯であつたこと等からすれば、地質・地形等の差異がもたらす影響についても慎重に検討する必要があるところ、右間崎も、先の参考設計書の設計条件の項に各設計条件を掲記した後に、「上記諸条件に基づき本検討を行うが、実施にあたり、現地の条件を考慮する事」と記載しているが、被告がトライアンブロックによる本件護岸の築造にあたり、地形・地質等を検討し間崎の提出した参考設計書を修正した事実は認められない。
(4) また、被告は、間崎の参考設計書により越波量、土圧、水圧に対するトライアン護岸の安定計算をするにあたり先に決定した天端高を前提にして行なつているが、越波量については本件護岸に対し、設計条件の波高の波浪が来襲した場合、トライアン護岸だけで前面に消波工を設置しない場合には、一秒間に単位メートル当たり0.2立方メートル程度で、これは護岸背後が舗装道路である場合の被災限界越波量にほぼ等しいが、他方、前面に消波工を設置した場合には、右越波量は一秒間単位メーター当たり0.02立方メートル程度になり、かなり高い蓋然率による安全性が確保できる計算になり、したがつて、護岸の天端高をできるだけ低くおさえようとすれば、越波量に対する安定計算上も、消波工の設置が不可欠であると考えられ、そのほかに土圧、水圧(水圧については雨水の良好な排水が前提になる。)についても検討の結果、安全を確保できるとの結論を得た。
(5) 本件国道の建設工事は、(ア)護岸及び背後盛土工事 (イ)下層路盤等工事 (ウ)道路舗装工事に大別でき、それぞれの工期は(ア)昭和四九年七月一六日から昭和五〇年三月三一日まで(イ)昭和五一年七月九日から同年八月五日まで(ウ)昭和五一年八月一〇日から昭和五二年一月二一日までがそれぞれ予定された。第一の護岸及び背後盛土工事は、基礎コンクリート及びバットレス基礎の打設、トライアンブロックの製作・布設、壁体コンクリートの打設及び路床及び路体の盛土を行うもので、そのうち基礎コンクリートの打設については海水の排除が容易でないことから水中コンクリート工法を採用した。水中コンクリート工法は、土木学会で制定したコンクリート標準示方書にも記載のある工法であるが、コンクリートを空気中で施工した場合に比して、その品質の均一性、打継目の信頼性、鉄筋との付着等が十分でないといわれ、したがつて、その採用、施工には十分配慮する必要があり、そのため、被告においては、基礎コンクリートの打設後である昭和四九年一〇月ころ、バットレス基礎とともにその強度を検査し、安全性を確認した。なお、右各工事に先だち、被告は、道路敷部分について本件入江を埋め立て、岩盤より上部の岩礁を剥離(切土)したが、切土により採取した土石の一部(七八二立方メートルのうち六六八立方メートル)は盛土、埋戻に流用した。ところで、岩磯など水面下に大きな粗度がある場合には、波力の減殺効果があり、殊に本件入江は波浪を吸収しその打撃力を緩和減殺する自然的緩衝地帯を形成していたものと認められるところ、本件国道の計画及び建設の際、被告が従来存した岩磯を剥離し、本件入江を埋め立てたことにより生ずる波力の減殺効果の低下について別段の検討配慮を加えているとは証拠上これを認め難い。
なお、消波工については、路盤及び舗装工事終了後、昭和五二年度より設置されることが予定されていた。
(6) 旧道の東側に位置する本件建物付近には、本件国道を建設する以前には、水路が一か所あり、右水路は旧道を横断し、本件入江に流入していたため、本件国道の建設に際しては、水路の改設が必要であつたところ、被告は、旧道を横断してきた従来の水路にU字溝を連結し、さらにボックスカルバートを接続し、本件国道下を横断させたうえ、海側に排水する施設を建設した。
(7) 本件国道の建設は順調に進み、昭和五一年一〇月中旬には、道路舗装工事もすでに車道の舗装工をすべて完了しており、歩道部分の舗装工事に着手していた。歩道部分の舗装工事は、山側の歩道から着手し、次いで海側の歩道について、その両端から舗装工事に着手したが、本件水害の発生した同月二九日には、歩道の舗装工事も本件水害現場付近の海側の一三〇メートルの区間を残すのみとなつていた。なお、道路舗装工事の完成時期は、請負人との契約上昭和五二年一月二一日とされていたが、実際上は、現場が海岸部であるために冬期波浪を避けるため昭和五一年一一月中旬の完成を目指し、工事が順調に進められていた。
なお、本件護岸の完成部分の状況は、次のとおりであり、以下の事実はいずれも当事者間に争いがない。すなわち、在来岩盤から埋土が約六メートル、盛土が6.51メートル、それぞれ約一〇メートルの長さにわたり行なわれ、これに対し、海側に高さ六メートル、厚さ三〇センチメートル、長さ一〇メートルで、控え壁式コンクリート擁壁がある。さらに、その海側にコンクリート製の高さ1.2メートルのトライアンブロックが五段積まれている。そして、右各擁壁の上部に約1.5メートルのコンクリート製岸壁を設置している。控え壁式コンクリート擁壁の下に海底岩盤から約6.5メートルの高さのコンクリート基礎があり、また、五段に積まれたトライアンブロックの下には海底岩盤から高さ約6.5メートル以上に及ぶと推定されるコンクリート基礎があり、その海底の最先端、最深部の基礎は七メートルないし八メートルの厚さに及ぶ。以上の本件護岸の断面は、別紙図面(2)のとおりになる。
(8) ところで、本件護岸の決壊の原因は、本件護岸に前面から打ちつける波力と本件護岸を越す波により未舗装道路部分から海水が流入し、本件護岸の背面土砂が洗い出されたことによるものと推認すべきこと上記のとおりであるが、越波量に対する本件護岸の安定計算上、消波工の設置されていること及び護岸背後に完全舗装の道路が存在することを前提としているから、本件水害現場付近国道の海側歩道が未舗装であつたことが、越波による海水の浸入を招き、本件護岸の背面土砂の洗い出しの原因となり、ひいては、本件護岸の決壊の一因をなしているものと推認される。また、すでに、本件国道の建設工事は、歩道の一部が舗装未了であることを除いて終了していたのであるから、冬期波浪に備えて消波工を設置することは、施工法上は可能であつたと考えられる(なお、この点について、被告は、消波工の設置は、施工法上の制約等から護岸完成後でなければできないと主張し、証人宮田藤波の証言はこれに副うものであるが、本件水害後、復旧工事に先だち、消波工が設置されていることに照らし、到底措信しがたい。また、仮に、予算措置上消波工の設置が護岸完成後でなければならなかつたとしても、越波量に対する本件護岸の安定計算上消波工の設置はその前提とされていたのであるから、被告は本件護岸の安全上、消波工の設置が波浪の強い冬期以前に可能となるよう措置を講ずるべきであつたというべきである。)。
(9) 昭和五一年一〇月二九日、全国的に西高東低の気圧配置となり(午後三時の天気図)、福井県地方では西ないし北の強風が吹き、本件国道の海岸を含む越前海岸には高波が押し寄せた。そして、同日午後二時、福井港においては最大波高(有義波)7.43メートルを記録し、潮位も四ヶ浦漁港の漁業協同組合集荷場のある岸壁(その天端高はL・W・Lプラス1.5メートルである。)が冠水していることから約プラス1.5メートルを記録したものと認められる(その余の気象状況は先に認定したとおりであり、このような気象条件のもとに本件水害が発生した。)。
(10) 本件護岸の被災箇所は、五段積みのトライアンブロックのうち四段目までのトライアンブロック、壁体コンクリート、バットレス及び波返しが流失しているが、その基礎部分は流失を免れている。また、被災箇所については復旧工事が進められたが、トライアン護岸は採用されておらず、鉄筋コンクリート製の波返しが天端において旧護岸より約一メートル海岸につき出て設置され、前面にはテトラポットを用いた消波工が設置されている。
(三) そこで、本件国道、護岸に関する右認定事実並びに第一項記載の本件水害に関する認定事実を総合勘案し、本件国道・護岸の瑕疵について検討する。
(1) 本件護岸の越波量に対する安定計算によれば、設計条件の波高(有義波)七メートル、潮位プラス1.13メートル等は、まず、護岸背後が舗装道路であり、かつ、消波工が設置されている場合には、十分に護岸の安定が確保されるものの、護岸背後が舗装道路であつても、消波工が設置されていない場合には、越波量が被災限界にほぼ等しくなり、完全に安全性を確保しうるとはいいがたい状況になり、さらに、本件水害時のように、消波工が設置されていないうえ、護岸背後が、一部未舗装の道路である場合には、未舗装部分から越波による海水の浸入を招き、埋土、盛土部分を洗い出し、護岸背後の安定を害することは明らかであるから、かかる状態における護岸及び道路の安全性は前記設計条件にいう安全基準より遥かに劣悪であると考えざるを得ず、到底その安全が確保されるとはいいがたい。
(2) 本件水害現場を含む越前海岸には、冬期には、高い波浪が押し寄せ、そのため、沿岸部には毎年のように、冬期波浪による被害が発生するのであるから、護岸の新設計画及びその建設に際しては、冬期波浪の来襲を十分考慮に入れたうえ、沿岸住民の安全を確保しうるよう、護岸の建設計画を樹立し、その建設に着工すべき義務があるところ、本件国道護岸には、上記のとおり、本件護岸の越波に対する安全上の必要条件と考えられる護岸前面の消波工の設置及び護岸背後の道路である本件国道の舗装がいずれも一部未了の状態であつた。ところで、護岸前面の消波工の未設置については、本件水害後、トライアン護岸、壁体等が流失しているにもかかわらず、被告が本件国道・護岸の復旧工事に先だち、急遽、消波工の設置を実施していることからすれば、本件護岸工事の過程において、コンクリート基礎が完成している段階では、消波工の設置が施工法上十分可能であつたと認められる。他方、道路舗装工事についても、道路舗装工事の請負人の契約工期は、昭和五一年八月一〇日から昭和五二年一月二一日であつたけれども、福井県朝日土木事務所においては、冬期波浪を回避するために、関係者の努力により昭和五一年一一月中旬の完成を目指して鋭意進捗中であつたところ、不幸にしてその途次において本件水害に遭遇したものである。
もともと、本件国道の建設工事は、計画上全体で二年七か月の期間を要するものではあるが、前記事情のもとでは、本件国道建設工事着工当初なら格別、消波工は、遅くとも道路舗装工事に着工した昭和五一年夏期ごろには、すでにその設置が可能であつたものと推認しても不合理ではなく、したがつて、昭和五一年の冬期波浪に対しては十分に対処できる時間的余裕は存したものというべく、また、道路の舗装についても、昭和五一年一〇月二九日においては、本件水害現場付近の海側の歩道一三〇メートルの区間を除き、道路舗装工事が完了しており、昭和五一年一一月中旬の完成を目指して順調に工事が進行していたのであるから、工事計画樹立の際の僅かな配慮によつて、昭和五一年の冬期波浪の来襲以前に道路舗装工事を完成させることができたものと考えられる。そして、護岸前面の消波工の設置及び護岸背部の道路の舗装は、冬期波浪に対する本件国道・護岸の安全確保について必要不可欠な条件であつたというべきであるから、本件国道・護岸の建設計画の樹立に際しては、冬期波浪の来襲する以前に護岸前面に消波工を設置し、道路舗装工事を完成するように配慮する必要があり、また、少なくとも、昭和五一年の冬期波浪の来襲する前に、消波工の設置及び道路舗装を完了することは可能であつたにもかかわらず、被告は、この点についての配慮を欠き、そのために消波工の設置及び道路の舗装完了が遅れたといわなければならない。
(3) 加えて、岩磯など水面下に大きな粗度があるときは、波力に対して減殺効果が認められ、天然の消波機能を果すものであるから、本件国道の建設のように、従来存した岩磯を剥離し、入江を埋め立てる場合には、すみやかに消波工を設置するなど岩磯や入江の消波機能の代替措置を講ずる必要があつたにもかかわらず、被告は、これを怠り、漫然岩磯を剥離し、かつ、本件入江を埋め立て、トライアン護岸を築造するのに際し、右の点について十分に配慮したものとは認められない。
また、トライアン護岸の参考設計書を提出した技研興業株式会社の間崎も、安全設計のためには、地形・地質等の現地の条件を考慮すべきことを留保していたのにもかかわらず、本件国道・護岸の設計・建設に際し、安易に地形・地質に差異のあると推察される福井港の港湾計画資料を利用するにとどまり、本件国道付近の地形を調査・検討し、その結果を本件国道・護岸の設計建設に反映させるなどの措置を何ら採用しておらず、この点にも本件国道・護岸の設計・建設において慎重を欠いた点があり、被災した原因の一端があるのではないかと窺われる。
(4) なお、原告は、本件護岸の瑕疵として、コンクリート基礎の打設に水中コンクリート工法を採用したため、コンクリート基礎が脆弱であつた旨の主張をするが、被告は、コンクリート基礎打設後、その強度を検査し、その安全性を確認しているうえ、本件水害後においてもコンクリート基礎は流失せず、残存していることを考えると、この点についての原告の主張が理由のないことは明らかであり、また、原告は、雨水の排水設備の不良も本件護岸の瑕疵であると主張するが、特に排水が不良であつたと認められる事情がないので、この点についても原告の主張は理由がない。
(5) 次に、被告は、本件護岸の一部決壊は予想を大幅に上まわる波力に起因するものであるから、不可抗力であると主張する。なるほど、本件水害の発生した昭和五一年一〇月二九日に観測された最高波高(有義波)7.43メートル(福井港で観測したもの)、最高潮位プラス約1.5メートル(四ヶ浦漁港における推計)は、いずれも護岸の天端高の算定、越波量に対する安定計算等に用いた設計条件である最高波高(有義波)七メートル、最高潮位プラス1.13メートル(右は、福井港における既往最高波高、既往最高位を参考に算定したもの)を上まわるけれども、右設計条件を著しく上廻るものではなく、また、いずれもその観測地点が、本件水害現場付近ではないうえ、本件国道・護岸のうち、一部にせよ決壊したのが、舗装工事未了区間である本件水害現場だけであることを考えると、当日観測された最高波高(有義波)、最高潮位が、右程度設計条件を上まわることをもつて、ただちに、本件護岸の一部決壊の原因が不可抗力であるとは考えられない。
(6) 以上を総合すれば、被告は、冬期の越前海岸では沿岸部に被害を発生させる波浪の来襲が予測できたのであるから、波力に対し、自然の緩衝作用(消波機能)を営んでいた岩磯を剥離し入江を埋め立てたことの代替措置として、あるいは、天端高の算定、越波量に対する安定計算等における前提条件として、遅くとも昭和五一年の冬期波浪の来襲に先だち、本件護岸の前面に消波工を設置するとか、護岸背後の本件国道の舗装工事を完了すべき設置、管理上の義務があつたにもかかわらず、これを怠り、そのため、本件国道・護岸は通常有すべきとされる安全性を欠いていたものと認めざるを得ない。
三 本件国道・護岸の瑕疵と本件水害の因果関係
本件建物が倒壊し、家財が流失した原因は、昭和五一年一〇月二九日、異常な高波が護岸に打ちあたる波力と護岸を越す波により未舗装道路部分に海水が流入し、その結果護岸の背面土砂が洗い出されたため、本件護岸の決壊及び本件国道の崩壊を各招来し、本件国道の建設材料であるアスファルト、L字型コンクリート製側溝等をまき込んだ高波が、本件建物を直撃してその波の力と波にまき込まれた本件国道の右建設材料が本件建物を倒壊、流失せしめたものと認められる。そして、本件国道、護岸の決壊の原因は、護岸前面の消波工の未設置と護岸背後の本件国道の未舗装部分の存在等上記指摘の点にあるものと考えられるから、原告の被害と被告の本件国道・護岸の設置・管理の瑕疵との間には相当因果関係があるということができ、したがつて、被告は原告の損害について賠償すべき責任を免れ得ない。
四 原告の損害について
1<証拠>を総合すれば、原告が、昭和五一年一月一五日、訴外四ヶ浦木材株式会社に対し、代金一三七〇万円で本件建物の建築を請負わせ、次いで、同年六月五日、同社に対し、代金二三〇万円で追加工事を請負わせたこと、本件建物は、昭和五一年七月一〇日に完成したこと、原告が同社に対し、昭和五一年一二月二三日から昭和五七年九月一〇日にかけて六回にわけて、一二〇〇万円を支払つたこと、したがつて、原告が同社に対し、現在なおも四〇〇万円の支払義務を負つていること、原告が建物更生共済契約により農業協同組合から五〇〇万円の保険金の支払いを受けたことが、それぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告は、本件建物の倒壊により、その建築費の内金一一〇〇万円の損害を被つたというべきである。
2<証拠>を総合すれば、原告は、昭和五一年八月一五日、訴外中橋電気商会より本件建物に設置した非常灯、インターホン、テレビ、クーラー、冷蔵庫、照明器具の購入代金等として六四万九〇〇〇円の請求を受け、同月一三日に内金として一〇万円、同年一二月三〇日に五〇万円をそれぞれ支払い、残余の支払の免除を受け、その支払いを終えたものと認められ、本件建物の倒壊・家財の流失により、原告は電器工事代金等として、六〇万円の損失を被つたものである。
3<証拠>を総合すれば、倒壊した本件建物の中には、家具道具類一式明細表(甲第一一号証)及び民宿用一式明細表(甲第一二号証)記載の各物品(以下「本件各物品」という)が存在したこと、ところで、前記各書面に記載された本件各物品に記載された本件各物品の価額は、原告が記憶に基づいて記載したものであるから、実際の価額との間に誤差の生じることは禁じえないものであるうえ、<証拠>を対照すると、カラーテレビ、ビールのショーケースの代金が僅かではあるが過大に記載されていることが認められる。しかしながら、甲第一一、第一二号証に記載された本件各物品の価額は、社会常識に照らし、著しく過大であるとは認められず、また、先に指摘した証拠上知り得る価額の誤差も僅少であることを考えると、本件各物品は少なくとも、原告主張の価額の合計である六四三万七四〇〇円の九〇パーセント相当の価値、すなわち、五七九万三六六〇円相当の価値を有していたものと認めるのが相当で、原告は本件各物品の流失により同額の損害を被つたというべきである。
4<証拠>によれば、原告の経営する民宿では昭和五一年七月一〇日から同年八月九日までの間に一五五万五〇〇〇円の営業収入があり、経費算定のため、その期間の仕入高を鮮魚、飲食物、光熱、その他の項目に分けて検討し、経費を七五万円と算定していること、右によれば、営業収入の約五〇パーセントが経費であると認められること、また、原告自身、営業収入の約二分の一が経費であると甲第三二号証に記載していること、一方、八月・九月の各期(それぞれ昭和五七年八月一〇日から同年九月九日までと同年九月一〇日から同年一〇月二九日までである)においては、それぞれ九二万円、四九万円の営業収入があつたが、別段に根拠を示すこともなく、それぞれの期間の経費を四〇万円、二〇万円としているけれども、右経費の額は、算定根拠を示した七月期の経費に比べて安く、営業収入の増加に対し、経費が逓減するとされる経済法則にも合致せず、不合理であることは否めないこと、したがつて、八、九月期についても営業収入の五〇パーセントを経費と考えることの方がより合理的であると認められること、そこで、昭和五一年七月一〇日から同年一〇月二九日までの営業収入合計二九六万五〇〇〇円のうち、五〇パーセントを経費として一日あたりの純益を算出すると一日あたり約一万三二三七円となること、七ないし九月期の各営業収入を比較すると、七月期以降、漸次減少の傾向にあり、特に九月期においては、その期間が、他の期間より長期であるにもかかわらず、七月期の三分の一にも満たないことがそれぞれ認められる。
ところで、原告は、昭和五一年七月一〇日から同年一〇月二九日までの営業実績をもとに、同年一〇月三〇日から昭和五三年一月三一日までの期間の営業純益の賠償を求めるが、昭和五一年七月一〇日から同年一〇月二九日の純益をもとに冬期波浪の影響が出て観光に不適当な期間と考えられる一一月から翌年の三月までの期間の純益を推認することは相当でなく(現実に、七月期に比べて、期間が長いにもかかわらず九月期は著しく営業収入が減少している。)、本件全証拠によつても、冬期の収入を算出することは困難であるといわざるを得ない。
以上のとおりであるから、昭和五一年一〇月三〇日から昭和五三年一月三一日までの間の日数から、一月ないし三月並びに一一月及び一二月の日数を除いた二一六日に、昭和五一年七月一〇日から同年一〇月二九日までの営業総収入二九六万五〇〇〇円を基礎に五割をその経費として算定した一日あたりの平均収入一万三二三七円を乗じた二八五万九一九二円が原告の被告に請求しうる逸失利益であるというべきである。
5原告は、本件水害により、民宿営業の基盤としての、また、住居としての、本件建物を一瞬にして失い、あまつさえ、家財をも喪失したのであるから、その精神的苦痛は計りしれないものがあると考えられるが、一方、本件水害が自然災害的色彩も強いことを考えると、その精神的損害を慰藉するための慰藉料は五〇万円が相当であると思料する。
6不法行為の被害者が、その権利を擁護するために訴を提起することを余儀なくされ、訴訟の提起、追行を弁護士に委任した場合には、右弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容されるべき額、その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものにかぎり、当該不法行為と相当因果関係に立つ損害として、その賠償請求が認められるべきであるところ、本件について、原告が本訴の提起、追行を弁護士に委任したことは、事案の内容に照らし、余儀ないものと認められ、<証拠>及び以上の認定事実によれば、原告が賠償を求める一〇〇万円は、弁護士会の報酬規定及び認容すべき額に照らしてみて、本件について相当な範囲内にあるものと認められる。
五 損害の填補(抗弁)について
抗弁事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、原告は、越前町等より見舞金として、三〇万四〇〇〇円の交付を受けたのであるから、右の限度において、原告の被つた前記損害は填補されたというべきである。なお、右は、見舞金の趣旨上、慰藉料に充当するのが相当である。
六 結論
以上の次第であるから、本訴請求は、二一四四万八八五二円及び内金一七三九万三六六〇円に対する不法行為の翌日である昭和五一年一〇月三〇日から、また、内金三〇五万五一九二円に対する訴状送達の翌日である昭和五三年二月一四日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、<中略>、主文のとおり判決する。
(牧山市治 小川克介 深見敏正)
別紙、別表(一)、図面(2)<省略>
物件目録
所在 福井県丹生都越前町米ノ六弐
字上美濃等五八番地
家屋番号 未登記
種類 住宅兼民宿
構造 木造瓦葺二階建
床面積 延211.08平方メートル